ドライになったほうがいいのか?でもなれないな自分^^;
お仕事。
なんだか、とってもキツイ日だった。
愚痴。もんく。筋がとおるとかとおらないとか。
今日は「当然の権利でしょう?」と先輩に何度言われたことだろう。
権利かぁ。。。重くて、使いようでは身勝手で、でも大事で、難しい言葉だよね。
多分、いわゆる常識が違う中で一緒にやってゆくときに、おたがいの「当たり前」が通じない場合は、そういう言葉が出てくるんだよな。だから話し合いをしなくちゃいけないんだよなあ。
論理的だけど、心の乾く環境に、事務局って追い詰められるときがある。
定款や規則、規定、細則がそのすべてであり、正しいからだ。
契約書の読み解きかたがすべてだからだ。
仕事では、
相手がヒートアップしてるときはできるだけ乗らないようにする。
こっちも怒ると、冷静な判断ができないから。怒っちゃダメなんだよ、こういうときは。
そういう時はこう考えるようにしてるの
「私がこの問題で最終的に達成したい目標ってなんだっけ?」って。
「だとすると、ここで喧嘩するのは手段として有効か?」って。
今回の問題は、私が説明し、先輩にはちょっとひいてもらった。でも納得いかない先輩はうちの局長に持論を展開したそうだ。「局長にこっちの意見をつたえておいたから」と夕方行ってた。わたしは「そうですか、わかりました」と答えた。
お父さんちに行く途中、マザーテレサの「からっぽな器」の話を思い出して、久々に泣けたよ。私には先輩の行ってることがとても正しいと思える。だけど、実際問題としてそうできない現実や、できなかった過去がある。実際外部の人に「てんてんさん、先輩に負けてるよね。」とか言われてがっかりしたりもしてる。「やっぱり、私、だめだよなあ。。」と先輩が猛烈に権利を主張してくるときには、怒りよりも、そう思えちゃう。
でも、この空っぽな器の私は、空っぽさゆえにたくさんたくさんいろいろな人に恵みを注いでもらった。
だって、今まで、私は何回周りの人に助けてもらっただろう。
仕事の携帯を持ち歩いていたときに精神的にちょっとおかしくなった私を見抜いた役員さんが「私からの指示があったと周りに言ってもいいから、仕事場において帰りなさい」といってくれたこともあった。そのひと言で「あ、わたしやばかったんだ」とはじめて気づいた。それ以来自分で仕事を抱え込まないように心のリハビリをしてきたんだ。
とんでもないへまをしでかした私の作業を年休とってもくもくと手伝ってくれた役員さんも居た。一人じゃなくて、すごくうれしかったんだ。本当に、ありがたかったの。
貸借対照表どころか、貸しと借りもわからなかった私に会計ソフトの使い方を1からおしえてくれたもの役員さんだったし、忙しい会長が事務局体制の悩みについて2時間近く話をきいてくれたこともあった。
私は本当はドライな人間じゃないし、できる人間でもないので、先輩のように一人できちっと立つことのできないタイプ。情にからまれてると先輩は言うだろうけど、私は、私のからっぽな器に注いでもらったものを忘れない。
いつか私が注げるといいなっておもう。
空っぽだと、困っている人に、注いであげられるようにって心からおもう。
事務局は情だけじゃ身動き取れなくなっちゃう。わかるし、私も相当割り切って業務を進めてる。でも、理論だけでは、私のポリシーと合わない。なんだか、そういうことを考える事件があって、金曜日はぐったりだったんだ~。
さ、今日は週末。畑だ。もう土しかない!!
では、またねっ^^





男爵芋と上の写真真ん中あたりのぴょこっと芽が出ているのがサトイモ。正解、よかったv。



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